つあーすたっふ日記番外編

(1〜20)  (21〜40)


1.友人
私は当時のファン大会はほとんど前日の夜から並んでいた。
やっぱり前日から並んでるファンは面白い人が多かったので、その人たちとの交流も楽しみだった。
考えてみればなんか面白いつながりだよね。
学校や仕事で会った訳でもなく年齢や住んでる所すらバラバラだし、これは今のインターネットのオフ会に近いのかもね。
サークルとかの組織で集まってるって訳じゃなく、基本的にはその場限りの集まりだったからそれも面白かったんだと思う。
そこでバカ話やいろいろな話をしたけど、けっこう影響受けたりしたことも多かったな。
イベントで出会った人の中にはいまだに付き合いのある友人達もいるしね。




2.バイク〜その1〜
私はもう10年以上バイクに乗っていて、メキシコまでオフロードのレースをしに行っちゃった位ハマってたんだけど、バイクに乗るようになったきっかけはやっぱりイベントだった。
最初の頃は電車や自転車で行っていたのだが、イベントにバイクで来てる人をみてたら、あの機動力はいいなと思い、早速原付の免許を取り高校時代の友人からYAMAHA DT50を譲ってもらいバイクに乗り始めた。
免許を取って1ヶ月後くらいからファン大会ツアーが始まる事になっていたのでその1ヶ月の間は練習の為にだいぶ走り回った。
しかもこの時のツアーは静岡公演があったので無謀にも静岡まで原付で走っていくつもりだった。
原付とはいえ実際にイベントに乗っていってみると予想以上に便利だった。
会場にもよるが近くに深夜営業のコンビニ等が近くにない所での買い出し等にその機動力を発揮した。


3.バイク〜その2 静岡一人旅〜
そしてイベントツアーも始まり、1発目の目黒公会堂もおわり日程が進んでいき、ついに静岡公演に行く事になった。
とりあえず、前日に地図をコピーしてルートを確認して、いよいよ静岡向かって出発した。
原付きなのでスピードは出ないが、順調に走っていたのだが、平塚のあたりで雨に降られけっこう濡れたけど通り雨だったみたいですぐ雨は上がった。
そうこうしてるうちに小田原を抜け、箱根ヘと上がっていったのだが、なんと霧で前がぜんぜん見えない状況になった。
とにかくトラックが走っていたので後ろについて走っていった。
なんとか箱根をこえて沼津をぬけ、ずっと走ってなんとか明け方には静岡の会場へ到着した。
そして時間まで会場前で待っていたのだが、主催者の人たちの入りが遅れたみたいで、知り合いのスタッフからお手伝いを頼まれた。
そして公演は無事終了し、後かたずけも手伝って、会場をあとにした。

翌日は東京の中野の公演だったので、急いで東京に向かって走った。
帰りも順調に走っていたのだが、行きに霧だった箱根はなんと濃霧になっていたが、気分はタイムアタックだったのでとにかく箱根をこえた。
だが藤沢バイパスで車の流れに乗って走っていたらスピード違反で捕まってしまい、そこでタイムアタックな気分は終わり、あとはゆっくり走って帰った。


4.ビデオ「うる星やつらファン大会’86」
このビデオは1986年に行われたうる星やつらファン大会ファイナルツアーの東京公演(追加公演も含む)の模様をビデオ化された物で、KACで会員向けに限定発売された。
しかもこの当時としては破格の4900円という安さだった。
その頃高校生だった私にも無理なく買える金額だったし、このツアーには思い入れもあったので早速購入した。
ちなみにうる星やつらのイベントのビデオはこの「うる星やつらファン大会’86」と1991年の10周年記念イベントのビデオ「URUSEIYATSURA 10th ANNIVERSARY」とうる星やつらFC限定版のOVA「了子の9月のお茶会」のおまけ映像で1985年のイベントのダイジェスト版が収録された物の3本がある。


5.徹夜、その1〜お酒〜
当時のイベントの徹夜ではファン同志の交流も目的だった。
だから、久しぶりに友人達と会って、盛り上がっていくと当然お酒を飲み出す人もいた。
それで普通に飲んでいればいいのだけど、基本的に若い人がほとんどで、お祭り気分で飲んでいるので中には勢いがついて脱線する人も出てくる。
まあ、ケンカとかの暴力沙汰はなかったけど、陽気になって深夜に大騒ぎするとか、自分の酒量を超えて飲んで急性アルコール中毒で救急車のお世話になる奴もいた。
若さ故といえばそれまでだけど、周りには迷惑をかけないようにしないとね。
そこで問題が起きるとイベントの開催そのものに影響が出るからね。


6.徹夜、その2〜防寒〜
さっきのお酒の話にも繋がるのだけど、夏はいいけど冬にもイベントがあってその時にも徹夜していた。
やっぱり寒いのはつらいけど、それでも行かないと言う選択はなかった。
防寒対策としては厚着して行くのは基本として、毛布を持参していくこともあった。
あとは風の吹き込まない場所にいたり、近くの公園の集積所から段ボールを借りてきて風よけにしたり下に敷いたりした。
それでもかなり寒いので、飲み物などでも暖をとったり、ガマンできなくなると散歩をして寒さを粉らせた。
徹夜していた経験では朝明るくなってから8時くらいまでの間が一番寒く感じて、でもそこを過ぎると太陽光線の暖かさががなんとも心地よかったな。


7.「さよならボビー」
この曲は松永夏代子さんのシングル「メランコリーの軌跡」のB面に収録されていた物で、当時も「メランコリーの軌跡」と共にテープに録音して良く聞いていたんだけど、86年のファイナルツアーの地方遠征の時にも当然持って行き、暇な時に聞いていた。
そして、例のトラックに便乗して米子から東京に帰る時、最初は助手席に乗せてもらったので、窓から夕暮れの景色を観ながらこの曲を聞いたのが忘れられない思い出になった。
その後、松永さんとお話する機会があり、その時にこの曲が好きと言う話をしたらその場で歌ってくれて、大感激しました。

私はいまでもこの曲が1番好きです。


8.うる星やつらFCからキティアニメーションサークルへ
1986年3月19日、ついにうる星やつらのTVシリーズが第218話をもって終了し、そしてこの3月いっぱいでうる星やつらファンクラブはキティアニメーションサークル(KAC)へと変わる事になった。
だが、この変更には熱狂的なうる星ファンからの反発もあり、かならずしもみんなに受け入れられた訳ではなかった。

ただ、冷静になって考えてみればいくら人気があるといってもTVシリーズは終了し、もはやこれで終わりという感じだった中で、KACという総合FCにはなったけれども、オフィシャルFCが残ったと言う事で後の歴史はかなり変わったと思う。
もし、その時点でKACではなくめぞん一刻FCになっていたら、「LD50」も「うる星やつら完結編」も「10周年記念武道館イベント」もなかったかもしれない。
ちなみに当時はLD全話セットなんて商品はなく、ましてや値段が30万くらいになるような物はまったくお話しにならなかったのだが、多くのファンからファンクラブに是非発売してくれという意見がたくさん届いたのだ。
そこでKACが事前予約行い、それで1000セットの申し込みが来たら発売するという事で実際発売にこぎつけたのである。
このLD50が売れた事によって、他のアニメーションのLDBOXも発売されるようになったといっても過言ではない。

そして2000年になった今でもKACは存在し、ファンの声を製作サイドに吸い上げる事ができる体制はあるのだ。
しかし、今のKACは他のアニメーションも当然扱っていて、うる星やつらやるーみっく作品の扱いが少ないという不満もでているのだが、現時点で新しい動きがない以上、ある程度は受容しなければならないと思う。


そして、2001年うる星やつら20周年で何か形になる事を祈りつつ・・・。


9.うる星ソング
最初に「ラムのラブソング」のシングルレコードを買って以来、うる星ソングを聴き続けて18年くらい経ったけど、いまだにちょくちょく聴いています。
しかも当時レコードで持っていた音源も結局CDで買い直したしね。
それぞれの歌に想い出や思い入れもあるし、曲聴いてると当時とオーバーラップします☆
18年聴いて飽きてないってことはたぶんこのまま聴きつづけるんだろうね。


10.替え歌
そういえば、昔KACのファン大会のゲストで高山みなみさんが来た時に、「我的愛人」の替え歌で「我的愛金」を歌っていた。
さすが高山さんって感じでしたよ。
できればもう一回聞いてみたいです。


11.夢はLOVE ME MORE
この曲は小林泉美さんが歌ったうる星やつらTVシリーズのEDだけど、86年のファン大会ファイナルツアーでは成清加奈子さんがスローバラードバージョンで歌っていました。(曲のバージョンは「松谷祐子ソングブック」と同じ)
個人的にはこの時に、加奈ちゃんが歌っていたのがこの曲のひとつの完成形だと思います。
もちろん原曲の小林泉美さんヴァージョンや松谷祐子さんバージョンも好きなんだけど、やっぱり生で聞いたせいか加奈ちゃんバージョンが一番好きですね。
ちなみにこの時、加奈ちゃんが乗っていた舞台装置の組み立てを手伝ったのがいい想い出です。


12.「紅い眼鏡」
これは1987年に公開された押井守監督の実写映画です。
作品の内容については詳しくふれませんが、押井監督らしい作品でした。
キャストもうる星でお馴染みの人達ばっかりだったし、立ち食いのプロ等のギャグもあったのでうる星ファンには楽しめる映画でした。
この映画は最初、キネカ大森の単館上映だったので四週連続で土曜日の一回目の上映の前に舞台挨拶がありました。
私も友人と一緒に2回くらい舞台挨拶を見ましたが、お客さんはやっぱりうる星ファンが多かったみたいでした。
押井監督への質問コーナーもあったのですが、いかんせん作品がちと難解だったので質問する人もいろいろ言っているうちに何がなんだかわからなくなっちゃったりしてました。
話は難解だけど、うる星ファンなら一回観てみるのもいいと思います。


13.イベントな日々
当時はインターネットや携帯電話等の通信手段が発達してなかったので、イベントツアーなどに出かけてしまうと、日常から隔離されてしまう事になった。
一日だけのイベントならそれほどでもないんだけど、地方公演を追っ掛けてる時や東京でも2日とか3日とか連日公演がある場合などは、ほんとにイベントの事だけになりイベントが終わって帰ってくるとなんか浦島太郎のような気分になった。
当時は今のようにインターネットで毎日うる星の事を話せたりできる状況ではなかったので、その分イベント期間はうる星の事にどっぷりつかる事が出来た。
やっぱりイベントはいいね☆


14.友人2
通信手段が発達して、こうやって毎日のように同好の士とコミニュケーションがとれるようになってきた事で、日常の友人関係も変わってきたような気がします。
以前なら、学校や会社などで友人関係ができる事が多かったけど、今はこうやって趣味の友人が比較的簡単に作れるようになった。
自分の事を考えてみても、以前は会社関係の人と遊んでるのが多かったけど、最近はオフ会がメインになりました。


15.うる星ソング2
うる星のTV初期の頃はCDはまだなかったので当然レコードで買っていた。
結局、CDでも音源を揃えたので今はほとんど聞かないけれど、一部CD化されていない物はMDに落として聞いています。
でも、ジャケットはCDよりもレコードの方がサイズが大きい分迫力があって気に入ってます。
最近、ヤフ−オークションなんか見てると、若い子はLPレコードって言葉を知らないんだね(^^;<大判レコードとか書いてあるし
でも、今ではCD化された物も絶版になっているものがほとんどなので、20周年の時に再販されればいいな☆


16.求むCD化!
最近、小林泉美のアルバムを聞いている。
やはり、うる星やつらの音楽も担当していたせいか、どこか懐かしく感じる。
この心地よさはやはりこの懐かしさからくるのだろうか?
僕にとっての当時の青山、外苑などの洒落たイメージが漂ってくるような感じ。
たぶん、他の人は別のイメージが湧くのだろうけどね。
今度、この音楽をヘッドフォンステレオで聴きながら、あの辺りを歩いてみたい。
小林泉美のアルバムは今現在CD化されていないが、ぜひCD化してほしい作品達である。


17.松谷祐子幻のシングルレコード
1984年の夏、うる星やつらファン大会サマーツアーが行われた。
この時、松谷祐子さんはオリジナルの新曲を歌っていた。
この曲は映画「うる星やつら2ビューティフルドリ−マ−」の主題歌の「愛はブーメラン」の大人っぽいイメージがものすごく評判が良かったので、その第2弾として作られたらしい。
その曲は「ひとりぼっちのモナリザ」というタイトルで、実際いい曲だったとおもう。
しかしこの時、ステージでレコードの発売日まで言っていたのだが、ついに発売されることはなかった。
ぜひ何かの形で発表してほしかった一曲です。



18.ヴァ−ジンVS
いわずと知れたうる星やつらのED「星空サイクリング」を歌っていたグループである。
この曲には歌詞のバージョンの違う「コズミックサイクラ−」という曲があり、先に挿入歌として使われて、「星空サイクリング」がEDになったらしい。
当時、僕もこの「星空サイクリング」とカップリングだった「ムーンライトコースター」に魅せられ、ヴァ−ジンVSのアルバム「乗物デラックス」を買いに地元のレコードショップに言ったのだが、残念ながら在庫がなかったのだ。
ここで注文してもよかったのだが、そのまま電車に乗って吉祥寺まで行って、レコードショップを何件か廻って買ってきてしまった。
やっぱりこのアルバムも素晴らしく、お気に入りの1枚だったのでCDを見つけた時には買ってしまった。


19.恋のメビウス
この曲は1984年4月からうる星やつらのEDテーマになったのですが、当初シングルレコードの発売予定がなく、ファンクラブ限定で発売される事になった。
この限定版のカップリング曲は「パジャマ・じゃまだ!!」のリッツ版が収録された。
その後、限定版とは別に一般向けにシングルレコードが発売されましたが、カップリング曲がヴァ−ジンVSの「ミッドナイトテレビジョン」に変えられ、ジャケットも別の物に差し換えられてました。
「うる星やつらCDシングルメモリアルファイル」で「恋のメビウス」が2枚入っているのはこういう訳です。
ちなみに「恋のメビウス」といえば今でも掲示板などで、歌詞の中に出てくる「べサメテキエロ」「アメウステ」等の意味は?という話がでますが、やっぱり当時からそうゆう話はFCの会報などで出てました。


20.FMレコパル
当時、FMレコパルというFMエアチェックの雑誌があったのだが、たまにうる星やつらやめぞん一刻等の高橋留美子作品やあだち充作品などのカセットテープ用のインデックスカードが付録についていたり、テレパル(TV情報誌)にはうる星やつらの絵が使用されたカレンダーやビデオレーベル等がついていたこともあった。
当然、当時はFMレコパルとテレパルは毎号購読してました。(ついでにサウンドレコパルも買ってました)
これらを読んでいたおかげで、ラジオのエアチェックやステレオに関して役にたったことはいっぱいありました。


(1〜20)  (21〜40)

TOPPAGE